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福岡高等裁判所 昭和22年(上)100号 判決 1947年11月28日

上告人 被告人 田邊良夫

辯護人 後藤英橘

檢察官 白土八郎關與

主文

本件上告は之を棄却する。

理由

辯護人後藤英橘上告趣意書の要領は、第一點原審判決は審判の請求を受けない事件につき判決を爲した、同第二點本件は原審第二回公判に於て證據として援用した證據書類に付き取寄決定をしていない、同第三點原審裁判は被告人に證人に對する審問權を抛棄せしめ且被告人に自白を強制し其の自白を有罪の證據とした憲法違反の裁判である、第四點原審裁判所は本件被告事件に證人たるべき身分を有する判事を其の構成部員として裁判して居り全く憲法が裁判に彈劾主義を採用した根本義に反する無効裁判である、第五點原裁判は公判に於て取調べない證據を斷罪の資料に供した不法がある計りでなく本件は被告人の自白以外に其の犯行を認むるに足る證據がないのであるから斷乎無罪の言渡を爲すべきに有罪の裁判をしたのは憲法違反で無効の裁判であると謂ふにある

按ずるに第一點論旨の具體的内容は要するに(イ)本件公判請求書には司法警察官意見書記載の犯罪事實を其儘引用して居るが斯の如きは人權尊重を高唱している新憲法の施行後は許さるべきでなく從て適法な公訴の提起があつたものとは認められない(ロ)原審檢事は司法警察官意見書に記載の犯罪事實を引用した公判請求書に基き審判の請求をしたが右意見書には被告人が賍物たるの情を知るに至つた經緯の具體的記載を缺いているので結局刑事訴訟法第二百九十一條の要求する犯罪事實の開示は無かつたことに歸し原審は審判の請求を受けない事件につき判決を爲した事に歸着すると謂ふにあるが(イ)檢事が公判請求書を作成するに當つて便宜司法警察官意見書記載の犯罪事實を引用したとて又公判に於て檢事が斯くの如き公判請求書又は之に引用せる司法警察官意見書に基き犯罪事實の開示をしたとて直ちに人權尊重を高唱せる新憲法の趣旨に反すると謂ひ得ないし(ロ)刑事訴訟法第二百九十一條は公訴を提起するには被告人を指定し犯罪事實及罪名を示すべしと規定して所謂訴訟物の特定を要求している、從つて犯罪事實の記載の如きも其罪名と相俟つて如何なる犯罪に付いて起訴があつたのかを知り得る程度を以て足り辯護人主張の如く一々の犯罪構成要件に付き詳細具體的に之を記載することは必ずしも之を要求しているものではない、今贓物故買同牙保罪に付いて論ずるに被告人に於て其の贓物たるの情を知つていた事は之を示す必要があらうが其記載方法は抽象的なるを以て足り其の情を知るに至つた經路を詳細に示すことは其必要がないのみならず原審公判に於ける檢事の公訴事實の陳述の基礎となつた司法警察官意見書の犯罪事實の記載を査閲すると被告人が贓物たる情を知るに至つた經路に付いても具體的に之を記載してあり又多少文法上不備の點はあつても辯護人主張の如く決して意義不明のものではない、從つて論旨第一點は理由がない

論旨第二點 原審第二回公判調書に依れば同期日に職權を以て辯論を再開し審理を續行し所謂取寄決定を爲さずして新法に基く第一審として一人の判事の裁判する鹿兒島地方裁判所に撃屬中の岡村三郎に對する窃盗被告事件の記録を同法廷に顯出し之を證據として援用する旨を告げ且其の證據調を了した上斷罪の資料に供したこと洵に明かである、然し同記録は原審裁判所と同一裁判所である鹿兒島地方裁判所に現存したものであり他官廰ではないから特に所謂取寄決定を爲すの要はないと解するを妥當とするので本論旨も亦其の理由がない

論旨第三點 記録を査閲するも原裁判所に於て被告人に對し證人に對する審問權を抛棄せしめ又は自白を強制した形跡は全くない、從つて之を前提とする本論旨も亦理由がない

論旨第四點は要するに公判の審理をした判事は該公判調書の作成者と認むべく從て日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十二條の書類作成者に當然含まれているとの論旨を前提とし原審裁判所の構成員たる判事河野友烏は原審が其の第一回公判調書を採つて以て原判決の證據とした前示岡村三郎に對する窃盗被告事件の審理の衝に當つた判事であるから右公判調書の作成者として被告人の請求に基き證人として訊問せらるべき關係に在るので刑事訴訟法第二十四條第五號に準じて當然原審裁判所から除斥せらるべきものだと謂ふに在るが

公判審理の衝に當つた判事は日本國憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に關する法律第十二條の書類作成者には含まれないと解すべきだから本論旨も亦理由がない

論旨第五點 原判決は原審に於る被告人の自白の外前示岡村三郎に對する第一回公判調書を證據として有罪の判決を爲したこと原判決に依り明かであり右岡本三郎の公判調書に付いても適法な證據調を爲した事原審第二回公判調書に明かである尤も同調書には右記録(前示岡村三郎に對する窃盗被告事件の記録)を法廷に顯出し被告人に對し其要旨を告げ意見辯解の有無を問ふた旨記載してあるに止り特に證據として判決に援用した前示第一回公判調書の要旨を告げた旨の記載はないが右被告事件記録の全部に付き其の要旨を告げ意見辯解を求めたこと前説明の如くである以上該記録の一部である第一回公判調書に付き其の要旨を告げ意見辯解を求めたこと明かだから右公判調書の證據調は完全に履踐されたものと謂ふべく本論旨も亦理由がない

然らば本件上告は其の理由がないので刑事訴訟法第四百四十六條に則つて主文の通り判決する

(裁判長判事 筒井義彦 判事 青木亮忠 判事 畠山成坤)

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